オリンピックおたく.

00.8.8

感動の名場面。
名勝負、名場面はその複線があることでより大きな感動が生まれる。


「ミュンヘンへの道」
1972ミュンヘンオリンピック男子バレーボール準決勝日本対ブルガリア
もう語り種になっている。日本男子バレーは東京、メキシコと銅、銀と
メダルを取ってきた。この大会で金メダルの期待は異常で半年くらい前
から「ミュンヘンへの道」なる番組があり各選手への感情移入はそうとう
なものだった。
「ズラタノフのスパイク〜!中村のブロック一枚ではとても止まりましぇ〜
ん」まさかの2セットダウン第3セットも中盤までリードされいよいよ
絶体絶命。そこから奇蹟が起きた。南、中村、島岡らサブのメンバーが
大活躍し大逆転の勝利だった。決勝も東ドイツに3−1で勝ち、みごと
金メダルを獲得した。
日本男子バレーボールの金字塔だった。
その後世界のバレーボールはどんどん勢力地図が塗り替えられ、
タレント出演のバラエティ−番組化した日本バレーはどん底にあえい
でいる。


「アラッ!瀬古が」
マラソンを、テレビ的ドラマに仕立てたランナーは瀬古利彦だろう。
近年のマラソンブームの火付け役。とにかく見ていて面白かった
強かった。先頭集団から1人2人落ちて行くサバイバルレース、
常にポーカーフェイス、求道者の表情。そして最後のクライマックス、
一瞬のスキをとらえ一気に勝負をつける。
見終わってこれほどスッキリさせてくれる人はいない。
1980 モスクワオリンピック金メダル間違いなしだったがボイコット。
満を持してのぞんだ1984 ロスアンゼルスオリンピック。
うだるような暑さ、西陽が路面に照り返し、数名の先頭集団が
シルエットとなっていた38キロ付近、目を疑うような光景が起こる。
「アラッ!アラッ!瀬古が遅れ始めましたか?」
「意外や意外 この時点で瀬古が遅れ始めました。」羽佐間アナウンサー
の淡々とした実況が、よりその悲劇的場面を演出する。
この信じがたい絶望的光景があるからこそスポーツのドラマが感動
を呼ぶのだろう。1993 ドーハの悲劇もまさにこの感動だ。



「ものすごいジャンプだ ハラダ〜!」 2000.8.16
1998長野オリンピック ジャンプ団体戦。
これほど出来すぎた感情移入させられたドラマがあっただろうか。
前回のリレハンメル大会で最後のジャンパー原田。金メダルに手が届きか
けたところで大失敗。みんなあの時の原田の顔を覚えていた。
吹雪のなか原田1本目まさかの79.5M。1本目が終わって4位。
感動のドラマのお膳立てとしてはこれ以上無かった。
2本目岡部が大ジャンプで首位に。そして原田が137Mの大ジャンプ。
「ものすごいジャンプだ ハラダ〜!」
最後の船木も完璧なジャンプで金メダルを獲得した。
「フナキ〜フナキ〜」「オレじゃないよ〜みんなでさ〜タスキをつないだんだよ」
「やったよパパは」
それにしても原田雅彦という稀代の役者を得て大会前今一つ盛り上がり
を欠いていた長野オリンピックはこれ以上ない感動を残してくれだのだ。